地名の変化
広谷台の南の突端にアプライト岩脈がとびでて奇勝となり「鬼の唐手岩」と呼ばれている。ロッククライミングの練習場となっている。初めてその呼び名を聞いた時、『ん?』と思った。名付けた意図が想像できず、すんなり飲込めなかったのである。
さらに南、その岩脈の延長上のドリーネを「滝不動(タキフドウ)」と呼んでいる。これもいぶかしい(というかマギラワシイ)ネーミングだと感じていた。千仏洞の南側、不動洞から流下するトゥファの急流を「不動滝(フドウダキ)」と呼ぶからだ。
最近、故溝口連氏の記述の中に「鬼の唐戸」「竜不動」という文字を見つけ、ハッとした。他の文献などでウラが取れないので確証もなく、取りあえずの可能性としてブログに載せようと、今日写真を撮影に行った。
広谷から青龍窟に降りる斜路に差し掛かって、大勢の読経と螺貝の音が聞こえた。そして幸いにも青龍窟の入口で、修験道姿の古老に聞き取りをすることができた。
「オニノカラト」は修験道のヨウサイで、かつてはノゾキという修行の場であった。「タツフドウ」には滝の姿をした竜神がいて、信者がそこで水垢離をしていたとのことだった。修験道の仲間うちでも「カラテ」という人が最近出て来ているとも。字はわからないと云っていた。たぶん「鬼の唐手岩」は「鬼の唐戸」から変化したものだろう。
貫入溶岩の岩脈を巨大な戸に見立てる地名なら余所でもよくある。また青龍窟の天の岩戸伝説にも通じる。鬼の空手チョップが石灰岩に食い込んでいるイメージの方がマンガチックでウケはいいかもしれないが・・・・。ちなみに最も古い「唐手」の記述は、前田商店で保管されていた横田直吉氏(旧平尾台センター長)の手書き地図や1968年発行の登山ガイド地図。
そういえば「青龍窟」ももとはシヨウロガイワヤと呼ばれ「鼠石崫(ネズミノイワヤ)」と字をあてていたようだ。ネズミの意味は根の国に住むもの(の洞)ということか。それがソセキクツ→ショウロウクツ(青竜崫)→ショウリュウクツ→セイリュウクツと変わって来ている。「鼠」ヘンに「石」ツクリ---->「鼠石」というと、鼠石鼠でモモンガ 鼠吾鼠でムササビなので、飛ぶネズミ(コウモリ?)のいるいわや(洞)ということが名前の始まりかも知れない。鼠石・鼠・崫(セキ・ソ・クツ)が青・龍・窟(セイ・リュウ・クツ)に、つまりネズミの巣窟が龍の宮殿に変化した事になる。
一連の変化は、1950年代に始まり、1970年代に固定したようだ。文化財指定や観光施設開設、舗装道路開通と期を一にする。
同じく「大かんの台」が「大かん台」に変化しつつある。山の斜面を焼いた跡に収穫される蕎麦=カンノソバのように、刈野(カンノ)という焼畑農法名残の知名だろう。ダイカンダイでは「大観台」や「台観台」とかに変わってしまい、由緒由縁を後世に残せない。











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